くちばしコンサルティング

人事や経営を学べるブログ。中小企業診断士・人事コンサルタント山本遼が書いています。

叱咤激励・指導鞭撻という言葉について

こんなツイートを見ました。

 

叱咤激励・指導鞭撻については、過去から疑問に感じていた表現。
 
叱咤
大声を張り上げてしかりつけること。また、しかりつけるようにして励ますこと。
 
激励
はげまして、奮い立たせること。
 
指導
ある目的・方向に向かって教え導くこと。
 
鞭撻
1 むちで打ってこらしめること。
2 努力するように励ますこと。
 
いずれもデジタル大辞林より。
 
 
なんで怒ることと褒めることが同列に並んでいるのか?教えることとたたくことが同列に並んでいるのか?
まぁ、意図はわからなくはない。どちらも、相手により良くなって欲しいという気持ちから出てきているという意図があるんでしょう。ただ、行動としては全く真逆であるし、このようにツイートされた方の仰る通り、激励だけで十分で、叱咤なんて要らないという方も多いだろうと思う。特にクリエイティブ領域は、変数が多いので、能力があってもアウトプットが安定することはめったにない。まして、知らない人に叱咤されて気分のいい人なんてそうそう居ない。だから見知らぬ人に対する叱咤や鞭撻には反対なわけです。
 
叱咤激励や指導鞭撻なんて、やや暴力的な要素のある表現が入ったことばがあるせいで、権力者からの暴力が「行きすぎた指導」「かわいがり」等の表現に読み替えられてしまうこともあるのではと思うし。
 
そもそも、相手に頑張って欲しい!と思うときに、「怒る」という手法をとってしまうケースは非常に多いですが、本当に有効な手立てなのでしょうか。
 
貴方が「相手に頑張って欲しいと思う」=「相手が貴方の求める水準に達していない・相手がやっていない」と読み替えて考えてみることにしましょう。
 
→まず、「やっていない」という現象は「できないからやっていないのか(能力)」「できるのにやらないのか(能力以外)」あるいはそのどちらもか、に分類できそうです。

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能力が不足してしまっている場合、その人に幾ら叱咤しようが意味がない。赤ちゃんにどれだけ自分で着替えろと言っても出来ないのだから仕方ない。そういうときは、着替え方を教えてあげるしかない。
それ以外にも、「忙しくて出来ない」のであれば、上司に出来ることはスケジュール調整をしてあげる(あるいは調整方法を教える)などとなるし、「何故やらなければならないのかを理解していない」のであれば、すべき理由の説明やすることに得られるメリット・しないことによって生じるデメリットを説明するなどとなるでしょう。
 
上記の、やってない原因ピラミッド、にそれぞれの対応案を記載してみました。
 

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*もちろんこれらが一対一で対応しているわけではない。
 
いかがでしょうか。叱咤や鞭撻によって相手の結果を変革させられる領域は非常に少ないと感じられるはず。
 
このように、その症状には、より効果的な解決策があるのに、それに気付かず、自分の持っているツールを無理矢理当てはめてしまうなんてケースは往々にしてあるので、英語でも慣用表現になってますね。「If the only tool you have is hammer, to treat everything as if it were a nail(金槌しか持っていなかったら全ての問題は釘のように見える)」
 
中にはドライバーを逆さまに持って、グリップで釘を打つようなことをする猛者も居るし、それはそれで使いようかなぁ、なんて思ったりもするけど、やっぱり色々と解決策を持っておくのは重要なのかなあなんて思うわけです。勉強あるのみですね。
 
 
今晩のお相手は、「お前ら人事だって、やたらとOJTばっかりやってんじゃねーか」なんて言われていたかもしれない、メーカーの元人事担当者でした。